2016年07月14日
戦争を知っている子どもたち(43)
証言
出征兵士戦死の「村葬」には、子どもたちも弔いに参加しました。
他校区の弔いにも参加し、意味がよくわからず、半ば遠足気分でした。
遺骨は帰らず、「⚪︎ ⚪︎ 之霊」と書かれた木牌、札紙、石だけ入った木箱でお葬式しました。
(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)

爆弾によって吹き飛んだ者、船もろとも海底に沈んだ者、遺体がありません。
玉砕した部隊なら骨を拾う者がいません。
それでなくとも、敵の攻撃にさらされながら戦死した遺体を集めるなど不可能です。
遺骨があるとすれば、基地や野戦病院で亡くなった者たちではなかったでしょうか?
体の一部でも骨があるならましな方でしょう。
かつての戦場には今も帰れぬ遺骨がたくさん眠っています。
証言者のいう”石”が謎だったので調べたら、戦死した土地の石を遺骨代わりにしたようです。
出征兵士戦死の「村葬」には、子どもたちも弔いに参加しました。
他校区の弔いにも参加し、意味がよくわからず、半ば遠足気分でした。
遺骨は帰らず、「⚪︎ ⚪︎ 之霊」と書かれた木牌、札紙、石だけ入った木箱でお葬式しました。
(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)

爆弾によって吹き飛んだ者、船もろとも海底に沈んだ者、遺体がありません。
玉砕した部隊なら骨を拾う者がいません。
それでなくとも、敵の攻撃にさらされながら戦死した遺体を集めるなど不可能です。
遺骨があるとすれば、基地や野戦病院で亡くなった者たちではなかったでしょうか?
体の一部でも骨があるならましな方でしょう。
かつての戦場には今も帰れぬ遺骨がたくさん眠っています。
証言者のいう”石”が謎だったので調べたら、戦死した土地の石を遺骨代わりにしたようです。