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証言
父はカミソリを研いで(米軍が上陸してきたら)自決する準備もしていました。

(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)





戦陣訓に洗脳された軍人たちによって民間人にも自決を迫ったと言われています。

しかし、国はそのことを否定しており、歴史の教科書も書き変えさせています。

一方で、当時の集落の区長さんにはこっそりと手榴弾が渡されていて、いよいよというときは集落民を集めて自決するよう促されていたという話も聞きます。

証言者の父親は、おそらく、政府から鬼畜米英と教え込まれた敵兵によって家族が激しい暴行を受けて惨たらしい殺され方をすると考えたのではないでしょうか。

愛する家族をそんな目にあわせたくない、ならばいっそ・・・と、思いつめていたと思います。




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証言
防空壕の中にはのみやしらみがいっぱいいました。

(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)





そういえば、シラミ退治のためにDDTを頭からかけられて真っ白になっている子どもたちの姿が、戦後の日本を紹介する映像で流れていました。

当時の手記にもよく書かれていますので、皆そうとう悩まされていたのでしょう。


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証言
沖縄の次は米軍の奄美上陸が噂され、多くの寄留商人が本土へ引き揚げていきました。

※寄留商人(きりゅうしょうにん)とは、本土などから寄留して経済活動する他地域出身事業家のこと。
名瀬には、万年堂、山口下駄屋、白石呉服店、図師文具店、きもとしょう油、金森染物店、武之内商店、橋本薬店などがあった。


(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)




奄美での空襲が激しさを増してきたから「次は奄美に連合軍が上陸する」という噂が現実味を帯びたのでしょう。

戦後は米軍統治下に置かれたので、寄留商人たちは戻ってこれなかったのでは?


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