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証言
名瀬根瀬部の子どもたち・・・小学4年生までの4年間は、知名瀬国民学校根瀬部分校ですが、5年生から高等科2年までの4年間は、本校(知名瀬)通いでした。
知名瀬の本校へ弁当箱を持っていけない根瀬部の子は、昼食時間の1時間を走って家に帰り、そてつがゆ(芯がい)すすってまた走り、午後の授業に間に合わせました。
食べ物は、ソテツの実や芯だけでなく、ヤマバシャの芯も食用にしました。



(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)





一度だけ「せんがい」というものを試しに食べたことがあります。

糊状の不思議なほど味がしない食べ物でした。


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証言
全員ハダシ通学でしたので、教室入り口にコンクリート製の洗い場があり、そこで足を洗って教室に入りました。

(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)





母が小学生のときは、山肌がむき出しの険しい峠道を越えて隣集落の学校に通っていました。

学校を見下ろせる場所まで来たら、岩かげに草履を隠してハダシで降りていったそうです。

友だちがみなハダシだったからです。


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