2016年07月23日
戦争を知っている子どもたち(60)
証言
学校でエンピツ一本もらうのに、正座させられ、先生から説教されました。「君も大きくなったら陸軍士官学校、海軍兵学校に行きなさい」と。
私は「はい」と返事してエンピツもらいました。
一本のエンピツを3つに切って、兄弟3人で分けました。

(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)
学校でエンピツ一本もらうのに、正座させられ、先生から説教されました。「君も大きくなったら陸軍士官学校、海軍兵学校に行きなさい」と。
私は「はい」と返事してエンピツもらいました。
一本のエンピツを3つに切って、兄弟3人で分けました。

(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)
2016年07月23日
戦争を知っている子どもたち(59)
証言
小学校は「尋常小学校」から「国民学校」へと名前が変わり、国語の教科書も「サイタ サイタ サクラガ サイタ」から、「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」と戦時調に変わりました。
(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)

「尋常小学校」が「国民学校」となった頃、次第に戦時色が強くなっていったようです。
専守防衛の「自衛隊」が、海外でも武力行使できる「国防軍」になったときは、どんな状況が生まれるのでしょうか?
小学校は「尋常小学校」から「国民学校」へと名前が変わり、国語の教科書も「サイタ サイタ サクラガ サイタ」から、「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」と戦時調に変わりました。
(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)

「尋常小学校」が「国民学校」となった頃、次第に戦時色が強くなっていったようです。
専守防衛の「自衛隊」が、海外でも武力行使できる「国防軍」になったときは、どんな状況が生まれるのでしょうか?