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証言
今の名瀬港町はむかしは「浜町」といって、海の玄関で、米軍機が飛ばないときを見はからっての漁でした。
子どもたちは、爆弾で浮いた魚拾いもしました。


(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)




ずっと前にビデオで観た「戦場の天使たち」を思い出しました。
その映画では、連日ドイツの激しい空爆を受けて瓦礫と化した街で、子どもたちは無邪気に遊んでいました。
「⚪︎⚪︎⚪︎くんはどうして今日来ないの?」「昨日の爆弾で死んじゃった」(記憶が定かではないですが、こんな感じのやりとりもありました)
子どもたちにとって実感のない”死”が日々現実に起こり続けているのでした。
街を破壊する爆弾の恐ろしさと浮いた魚をゲットする楽しみは別ものだったのでは?と想像します。


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