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証言
戦後、外地からの引揚げでは、幼い兄弟姉妹は親がおんぶしたり、両手に子ども一人ずつ手をひいて歩く(逃げる)ため、3人目以降の子どもは中国人に預け、残留孤児となった子も多くいました。
戦後、残留孤児のテレビ番組があると、自分たちの運命と重ね涙することでした。
また、残留孤児にはならなくとも、すれすれの体験をした子どもたちは多かった。

※外地・・・国内以外の、朝鮮、満州、台湾、南洋諸島など日本が統治していた地域。

(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)



戦争を知っている子どもたち(32)

残留孤児と言えば、山崎豊子さんの「大地の子」が思い浮かびます。

主人公と同じく孤児となった妹のあつ子の運命が憐れで涙が止まりませんでした。

”置かれた場所で咲きなさい”という言葉が虚しく響く境遇もあるということです。




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