しーまブログ 方言奄美大島 ブログがホームページに!しーま新機能のお知らせ! さばくる~イベント情報受付中!~

証言
家から家財道具を持って畑や山中に疎開小屋をつくり仮住まいをしました。
集落の中は空襲が危なくて住んでいられなかった。

疎開小屋は、結いワクで造り、ヒラキ小屋が主で9尺2間(6畳一間)の張り出し程度でした。
台所がないので、外でご飯炊きをしました。
家族数が多いところは、新たに張り出し小屋をつくりました。
煙は外に出すと米軍機に見つかり攻撃されるので、食料は夜にまとめ炊きをしました。


(奄美群島の日本復帰運動を伝承する会「戦時中の奄美の子どもたち」より)


戦争を知っている子どもたち(79)

当然電気などひかれていないので、夜はかなり暗かったと思います。

便所はどうしたのでしょうか?

ハブの恐怖も大きかったと思います。

それでも空襲に遭うよりはマシだったのでしょう。





同じカテゴリー(歴史民俗)の記事画像
戦争を知っている子どもたち(80)
戦争を知っている子どもたち(番外)
戦争を知っている子どもたち(78)
戦争を知っている子どもたち(77)
戦争を知っている子どもたち(76)
戦争を知っている子どもたち(75)
同じカテゴリー(歴史民俗)の記事
 戦争を知っている子どもたち(80) (2016-08-10 07:53)
 戦争を知っている子どもたち(番外) (2016-08-09 14:56)
 戦争を知っている子どもたち(78) (2016-08-07 16:34)
 戦争を知っている子どもたち(77) (2016-08-06 08:45)
 戦争を知っている子どもたち(76) (2016-08-05 07:14)
 戦争を知っている子どもたち(75) (2016-08-04 09:25)

COMMENT: (0) CATEGORY: 歴史民俗


home

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。


PAGE TOP
削除
戦争を知っている子どもたち(79)
    コメント(0)